池上一郎は、台湾の屏東で創りの日本図書館
今日は八周年にお祝い。
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1911年1月16日東京に生まれた池上一郎は、府立第一中学校、第一高等学校から東京帝国大学医学部に学び、卒業後の第二次大戦においては軍医任命を受け、台湾高雄州潮州郡竹田庄第一九七一二部隊野戦病院院長に派遣された。
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当地では軍隊兵士の治療に加え村人たちの診療・治療も行った。
戦後は日本において台湾からの留学生を支援するとともに、晩年は第二のふるさとである竹田に対し書籍や奨学金寄付を行った。
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地域住民からは大変尊敬され台湾政府文建会によって竹田駅公園として整備されるなかに池上一郎文庫が誕生日の2001年1月16日に完成した。
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池上一郎は日本で完成した文庫のビデオを見ていたそうだ。その二ヵ月後、背広・ネクタイ姿で90歳の生涯を安らかに終えた。
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竹田驛は日本統治時代の1919年(大正8)に建てられた八十数年の歴史を有する古い駅である。 台湾の南北を貫く縦貫線には、このような木造建築の駅はもう見られない。
それで竹田驛の存在が認められ、価値観も高められて重視されるようになった。
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台湾鉄道当局は、この古い木造建築を取り壊して、鉄筋コンクリートの現代建築に切りかえようとしたとき、郷民代表主席を始め地方有志たちは極力反対し、古い駅舎をそのまま残した。
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竹田驛は日本時代の旧駅舎として保存されているが、現在台湾で木造の日本式駅舎が残っているのは、南部では保安駅、後壁駅、林鳳営駅、集集駅がある。
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題目:一些有的沒的小感觸 - 種類:日記心得

[2009/01/16 14:58 ] | 遊び事屋 | 留言(3) | 引用(0)
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